「自己肯定感が低くて前に進めない」そんな自分を変えたい人に読んでほしいページ

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こんにちは。自己肯定感おばけのコロネです。

みなさんは、自分に自信がありますか?

もし、あなたが「自己肯定感が低い・無い」「羞恥心をなくしたい」
ということで悩んでいるなら、ぜひ読んでみてください。

ほんのつい最近まで羞恥心というモンスターに憑りつかれていた私の苦い経験と、
私が編み出した自己肯定感を高める・羞恥心をなくす方法について、お話しします。

コロネ

かけだし冒険者。すべてにおいてレベル1のひよっこ。
自然が好き。固い虫が苦手。

自分を受け入れられない日々

自分を縛る羞恥心

なにか新しいことをしたい、新しいものを作りたい。
それをみんなに見てもらって、楽しんでもらいたい。

そう思っても、すぐ後ろから羞恥心が襲ってきて、

「お前ごときが思い上がるな」

「お前より遥かにすごい奴がすでにいる、お前が何をやっても無意味だ」


と語りかけてきたり。

過去の自分の足跡を認められず、

「ああもう、なんであんな‟ゴミ”を披露したんだろう」

「あの時なんであんなことしたんだろう、穴があったら入りたい」

と恥ずかしさに押し潰されそうになったり。

過去の私は、このようにとても生きづらい考え方・思考の癖を持って生きていました。
でも、こういう苦しみを抱えている人は、結構多いのではないでしょうか?

「わかってます感」で防御

ネット上に作品などを載せるときにはいつも、
「失敗して~」「不器用なので」「下手ですが」などと卑屈な言葉を添え、
自分のレベルくらいちゃんとわかってるんで感を出して、予防線を張っていました。

「よくこんなレベルで載せようと思ったな」などと思われたくなくて。
値踏みされて傷つく前に、自らを値踏みしていたのです。

褒め言葉を信じられない

「かわいい」って言ってくれるのは、容姿のお世辞を言うしか褒めるところがないから。

「すごい」って言ってくれるのは、その人が他のもっとすごい人を知らないから。

どんな褒め言葉にも、否定するための理由をつけて、真に受けないようにしていました。
そうして、「自分に価値があるはずがない」という価値観で、自分を固めていったのです。
だってそうしておけば、他の人からけなされたとしても「やっぱりそうだよね」と、笑って流せるのですから。

自分を信じないとは他人を信じないこと。逆もまた然り

人は鏡

自分を見下すということは、自分に似た他人のことも無意識に見下しているということです。
「自分は底辺だ」と言ったあなたのそばに、自分よりさらに下の人がいたらどうでしょう。
その言葉は、その人に対して嫌味に聞こえてしまうかもしれません。


逆の立場で考えるとさらにわかりやすいですね。
同じ志を持った、自分よりすごい人が自虐していたら、「このレベルでもダメなのか…」と不安になりませんか?


自分を罰する言葉が、他人をも否定し傷つけるのです。ネガティブの波紋。


上を見て生きるのは結構ですが、上には上がいるように、
下には下がいることを意識するのも、時には思いやりとなるでしょう。

また、他人を否定する人の言うことを、ひたすら素直に聞く必要はありません。
大抵の場合、人に偉そうな文句をつけている人は自分を棚に上げています。(コロネも経験あり)
有益な批判であれば咀嚼して糧にすればよいですが、
そうでない場合は、ブーメランがぐさぐさ刺さっているのを苦笑いで見るだけに留めましょう。

人にやさしく

  • こんなことして恥ずかしくないの?
  • いい歳して恥ずかしくないの?
  • こんな下手くそなのに恥ずかしくないの?
  • あんなブスで、あんなデブで、のくせに、女の子なのに…

恥ずかしくないの???

恥ずかしくないです。

無意識に人を見下してしまう癖があると、自分にも跳ね返ってくるので気を付けましょう。
誰かを傷つけているわけでもない人を、誰かが作った価値観やものさしだけで見下すことは、
自分自身の人生までも自由に楽しめなくしてしまう、悪手にほかなりません。

羞恥心モンスターを撃退する方法

「気にしなければいい」?

「気にしなかったらいいじゃない」

「他人はそんなにあなたのことを見てないから」

こういう声をかけてくれる人はたくさんいますが、それで済めば簡単ですよね。


「気にしない」なんて無理な話で、気になるものは気になるのでどうしようもありません。
「人はそんなに見てない」なんていうのも大嘘です。
監視社会ですもの。みんな私より私のことを知ってるんだから。


じゃあどうすればいいのか。

答えはこうです。
「気にしない」じゃなく、「気にならない所まで自分を連れていく」

コロネの場合

私が羞恥心モンスターから逃れた方法、それは、
すごく恥ずかしいと思っていることをやってしまうことでした。

具体的には、自分が歌っている声をツイッターにアップしました。(笑)

私は仲のいい友人相手でも通話するのが苦手な電話恐怖症で、
自分の声が好きだけど嫌いという変なコンプレックスもあり、
顔も知らない大勢に自分の歌声を聞かせることはとても勇気のいることだったのです。


下手くそな歌なので当然「いいね」も付かない。
フォロワーさんが聞いてくれたかどうかもわからない。
自分で聞いてもいまいちな歌だし、恥の塊だあ~!と、載せた直後は苦しかったですが、
それでも、削除せずそのままにしておいたのです。

そうして数日経った時、私は、開き直り状態になっていました。

「あー…うん。まあいいや。なかなか悪くもないよね。に向けて練習しよう」

と、あんなに恥ずかしがっていたうえに特に反響もなかったのに、
また再チャレンジしようとまで思える心理状態になっていたのです。


それ以来、不思議と私は感情が荒ぶるようなことが起こらなくなりました。
吹っ切れた、と言うのが近いでしょうか。
おそらくこの経験で、羞恥心の峠を越えてしまったのだろうと思います。

比べないこと

恥ずかしいということは、人目や世間の価値観を気にしているということですよね。
でも、自分は自分です。よそはよそ。

時々、「自分(お前)程度の人間なんて腐るほどいる」という人がいます。
それは悪いことでしょうか?

砂漠にオアシスがひとつあれば、木々も水も要らないのでしょうか。
私たち人間が豊かな暮らしを送れているのは、無数の自然がそこかしこに溢れているおかげでもあるはずです。

これは人間にも言えることだと思うのです。
すごい能力を持っていなくても、あなたは十分有益な存在ということ。

また、容姿に自信がない方は、花を見てみましょう。
みんな同じ形でしょうか?花びらの数も形もみんな違う。
でも、みんな美しい。人間も同じなのです。正解の形などありません。

まとめ

一度きりの人生。やりたいことを思い切りやりたいですよね。

自分の欲を一番に優先しましょう。もちろん人を傷つけない範囲で。
恥ずかしいと思っていることを思い切ってやってみましょう。
他人に対しても、許容範囲を広げていきましょう。

一人でも多くの方が、羞恥心モンスターと決別できますように。

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